第2話 高校からもらった36万円で購入した人生初めての高い買い物。一気に貯金がなくなる感じ。田村浩さんインタビュー

第2話 高校からもらった36万円で購入した人生初めての高い買い物。一気に貯金がなくなる感じ。田村浩さんインタビュー

インタビュー 2018.08.14

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ぼくの初めての支出。大きな買い物はヤマハXJR400という単車でした。バイクで大学に通学したかったんですよ。

高校からもらった36万円を使って、たしか16万円くらいだったかな?中古で10万キロ走ってるペケジェー(XJR400)を購入したんです。人生初めての大きな買い物ですから緊張したし、興奮もしました。古い中古バイクですから、結構な修理が必要でいろいろ直したら貯金もなくなりました。お金って一瞬でなくなるんだ・・・面白い。そう思ったんです。今まで貯金しか知らなかったけど、バイクを買うことによって支出の面白さも知りました。そういうことをしても良い年になったんだな、大人になったって感じたんですよ。

大学は経済学部でお金の流れやビジネスの流れを学びました。そこで初めてキャッシュフローという言葉を知りました。ぼくは今までキャッシュを貯めるばかりでフローしていない。投資とリターンでビジネスは成り立つわけですから、もっとフローを意識してもいいんじゃないかと思ったんです。流れが止まってたらお金は増えませんからね。次にぼくが考えたフローは、バイクを新車で買うことです(笑)全然キャッシュフローじゃなく、ただの大学生の浪費なんですが、当時は本気でそう思ってました。

狙いは、KAWASAKI ZRX400 ローソンカラー 新車で70万くらい!

ほんきで欲しかった~♪なんか今も久しぶりに乗りたくなってきました(笑)貯金ゼロからのスタートですから、どうすればいいのかを本気で考えました。大学生ですから、もちろん浮かんできたアイデアはバイトです。コンビニでバイト雑誌を買って、一番時給の良いバイトは何かな~と探して見つけたのが、塾の講師 時給1800円ほどでした。幸いにも国立大学でしたので面接も一発合格で、塾講師のバイトを始めました。時給はとても良いんですが、夜だけで2~3時間のバイトです。1日4~5000円くらいでした。毎月4、5万円ほどの給料でした。実家暮らしの大学生のお小遣いとしては十分な金額です。

1年がたった時、貯金残高は30万円くらいでした。あと半分くらいか・・・。ここでぼくが思ったのがもっと貯金するスピードを速めたい!再びバイト雑誌を見て、土日で1日働けて時給が1000円以上のバイトを探しました。当時の福岡でそれに該当するバイトは、パチンコ屋かテレアポです。テレアポは女性の仕事っぽかったので、必然的にぼくはパチンコ屋を選びました。仕事はきつかったですが毎月10万円以上稼ぐことができ、貯金は加速していきました。ちょうど2年くらいで目標だったバイクを手に入れることができました。

ピロシのバイク kawasaki zrx400

結果、再び貯金がゼロになりました。当たり前ですよね。

使えば貯金は無くなります。でも、その対価としてバイクが手に入った。嬉しいですが、寂しい。両方の気持ちがありましたね。そして、3年生になると就活が始まりました。自分は何ができるのか、何をしたいのか、漠然としか考えられませんでしたが、せっかく国立大学に入ったんだから、ちゃんとした会社に入ろうと思いました。そこで就職を選ぶうえで一番始めに考えたのが福岡を出よう!でした。田舎の少年が誰しも一度は上京することを夢見ます。もちろん狙いは東京です。東京に本社がある会社ってどこかな~と色々調べてみると、ほとんどの大きな会社が東京に本社がありました。

そして、もの作りで興味があったので、メーカーがいいんじゃないか。と考えました。トヨタ、NEC、三菱電機、富士通などなど、いろんなメーカーに応募していきました。そこで一番はじめに内定をもらったのが富士通でした。それに、富士通が面接官やぼくと接してくれた人たちの雰囲気が一番良かったのも決め手になり、富士通を選びました。3年生で内定もらって、4年生にあがり単位も取り終わったので、ゼミで週に1回しか大学には行かなくてよくなりました。貯金も減っていたのでぼくはひたすらバイトして、お金を貯めました。結果150万円くらい貯めることができたんです。

振り返ってみると、高校生はひたすら勉強に励み、大学生ではひたすらバイト。

そこで思ったんですよ。なぜそう思ったのかわからないですが、ぼくは人に雇われて動くということは苦手だって。勉強も自分の意志でやっていたし、バイトも目標を達成するための手段してやりました。だから、人から言われて本気で動いたことがなかったんです。30歳までに独立起業して社長になる!そう決めました。たぶん、父が公務員だったのもあるのかもしれないし、当時発売されたアイフォンを見て、こんな小さなものが世界中にインパクトを与えられるんだと思うと興奮したんだと思います。自分もそういったインパクトを与えたい!

大学の同級生には、親の仕事を継いだり、会計事務所を立ち上げたり、何人か卒業と同時に独立した友人たちがいました。でも、ぼくは独立するネタが決まってなかったので、富士通で一生懸命働き、ビジネスマナーだったり、お金の流れだったりを学んで30までにネタを探して独立しよう!と思いました。そして、パソコン売ったり、サーバー売ったりと経験させてもらったんです。初任給は手取りで18~9万円くらいだったかな?家は葛西にある会社の寮で1~2年くらい研修生で、その後、本配属されて残業も始まりました。

もうめちゃめちゃ働きましたし、何より東京の物価の高さに驚きました。150万円あった貯金も2年で無くなりました!!!ラーメン一杯1000円なんて福岡じゃあ考えられません。付き合いでゴルフも始めたり、夜は同僚と飲みにいく。そんな贅沢な生活は手取り20万円前後だと一瞬でなくなりますよね(笑)そして、3年目で会社の同期と結婚しました。結婚資金なんてもちろんありませんでしたから、人生で初めてお金を借りたんです。結婚式代もろもろ100万円くらいですかね。人からお金を借りるって感覚は不思議な感じがしましたね。

次回につづく・・・お金がない!借金有り!子供ができちゃう!ヤバいかも・・・。


田村浩プロフィール

1986年生まれ。福岡出身。大学卒業と同時に2009年に上京。大手ITメーカーで営業をしながら、2015年2月から副業で物販ビジネスを始める。同年4月には第一子も生まれ1児の父となる。これからは自分が大黒柱として家計を支えばければならないという思いに感化されつつ、大学卒業当時から目標として掲げていた「30歳までに独立起業」を意識し始める。その後必死に独立起業の夢の実現に向けて副業として物販事業を拡大。2015年7月には初めて副業収入で月収100万円を達成し、物販ビジネスを始めて丸1年後の2016年2月に初めて副業収入として月収200万円を達成する。そして晴れて2016年12月に退社。2017年1月に法人設立を果たす。この経験を活かしサラリーマンや主婦が副業で稼ぐ力を身につけるための情報を得る場所としてHappy Lifeの運営を開始し、様々な副業情報や、普段の生活をお得にする情報を発信中。

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UKANO家計のクリニック 院長 鈴木雅博
この記事のライター UKANO家計のクリニック 院長 鈴木雅博

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