第1話 きっかけは「突然のひらめき」20年以上の不動産業の経験を持つ不動産鑑定士・浅井佐知子さんインタビュー

June, 28, 2018

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不動産鑑定士ってどんな仕事をする人?と疑問に持っている方は多いと思います。不動産鑑定士は「不動産鑑定業務」と「コンサルティング業務」が主な業務です。全国でも約5000人しかいない、希少な存在なんです!浅井さんはその希少な存在の1人なんです!

赤い看板が、私を導いてくれました。

私が20代の初めの頃、友達と街を歩いていたいたときに、不動産の赤い看板が目に入ったんです。一目見た瞬間に「あ、私この会社に入りたい!」と突然閃きました。そのとき私は就職活動の真っ最中でした。しかも、その週のとらばーゆという求人情報誌を買っていて、見開き1ページ目にまさに看板に書いてある会社が掲載してあったんです。運命を感じましたね(笑)

導かれるようにその会社に面接を受けに行きました。私は営業をやってみたかったんですが、そのときは募集をしていなくて。社長が面接にいてくれたので、思い切って「営業をやりたいです」と言ってみたんです。すると社長さんは「分かりました」と承諾をしてくれて、営業として就職をすることができました。実はそのときの上司は、今同じ事務所で働いているんですよ。20年以上一緒に仕事をしています。

当時はバブルの真っ只中で、入社してさっそく京都に社員旅行に行きました。次の年はハワイ旅行、その次の年は金沢に。年2回のボーナスを頂き、3ヶ月に1度は報奨金を頂いていました。社内のバリバリの男性の営業マンは、現金支給のお札が直立するほど貰っていました。社長や常務は運転手付きのベンツやジャガーを乗り回したり、毎晩のように飲み会も開いていました。

この会社はのちにバブル崩壊の影響を受けて、当時活躍していた人たちも泡のように消えていき、私が務めていた店舗は閉鎖することになってしまいました。そのお話は後にお話しますが、私が不動産業界に入るきっかけになったのは、ひとつの赤い看板のおかげだったんです。

このままで終わるのはイヤだったんです。

私が赤い看板の会社に入社して最初に配属になったのは、下北沢の小さな店舗でした。そこで「営業のお姉さん」として、不動産の賃貸の営業をしていました。ところがしばらく働いているうちに「もっと大きな仕事がした?い!」と思うようになり、しだいに飽きてきてしまいました。不動産の賃貸の営業はイヤだ!もっと大きな売買の仕事をしたい!このままで終わるのはイヤだ!と思ったんです。そこで当時の常務に電話をして、「もっと大きな仕事がしたいので、渋谷店で働かせてください!」と直談判をしてみたんです。すると常務は察してくれたのか「じゃあ、来月から渋谷店で働きなさい」と了承をしてくれて、渋谷店への移動をすることができました。女性の中では私が初だったみたいです。

ついに渋谷店で働ける!大きい仕事ができる!と思っていたのですが、この時からバブル崩壊が始まっていたんです。半年ほど渋谷店で過ごしたころに、突然常務から、「浅井さんに出向してくれないかという依頼が来ているんだけど、しばらく行ってみないか?」と言われてしまって。とてもショックでした。これからここで、何十億という不動産の仲介を成功させるんだ!と意気揚々としていた矢先のことだったので。そう思う反面、バブルの影響でこの渋谷店も危ないというのは薄々と感じていました。私は覚悟を決めて「出向します。でも必ず、また常務のもとで働かせてください!」という言葉を残して、出向先へ向かうことにしました。

泣く泣く向かった出向先では、私の運命を変える出来事が待っていました。

 

 

不動産鑑定士への道を決意

出向先の会社では、新しく賃貸の法人営業部を作る最中で、経験がある私に声がかかってきたんです。経験があるとは言ったものの、渋谷の法人営業部に移ってからはまだ半年。しかも賃貸ではなくて仲介を担当していて、全く違う顧客を相手にすることになるんです。はじめは上手くいくのかな?と不安でしたが、この会社に出向できたおかげで、私の運命は大きく良い方に動きました。

事務所は有名な超高層ビルにあり、今振り返ると、小さな町の会社から、渋谷店の法人仲介営業マンになって、今は超高層ビルに事務所がある不動産会社へ。意図せずにステップアップしていたんです。そして不幸中の幸いなのか、私が出向した時期と同じ頃に、渋谷店が閉鎖になってしまいました。

私の出向先での仕事は「賃貸の法人営業」です。一言で言うと、企業の社員向けの寮や社宅を斡旋する仕事でした。今は企業に余裕がある場所が少ないので、昔ほど新入社員向けの寮や社宅は少ないとは思いますが、当時はニーズがたくさんあったんです。

私の所属する法人営業部はまだ出来たてで、営業方法も決まっていない、ある意味完全自由な部でした(笑)私はとりあえず就職雑誌を片手に企業に営業の電話をかけ続けていました。会社の名前が浸透していたことと、私の電話越しの声の印象がよかったのか、順調に成約できていました(笑)

こんな日々を送る中で、私はある重要な決意を行動に移すことに決めたんです。それが「不動産鑑定士の資格を取る!」という決意でした。

次回へ続く


浅井佐知子 プロフィール

不動産鑑定士。浅井佐知子不動産鑑定事務所代表。北海道網走郡美幌町出身。上智短期大学英語科卒業後、紅弥不動産(株)、三井ホームエステート(株)で10年間主に法人営業(土地の有効活用)を担当「あっ、私この会社に就職したい! 」という突然のひらめきで就職したときからはじまった不動産人生。個人の賃貸営業を皮切りに、土地の有効活用、寮・社宅営業、法人の1棟ビル売買営業と移っていく中で、常にお客様のことを考え圧倒的な支持を得、伝説の営業成績を残す。その後結婚、出産、子育てをしながら勉強をして不動産鑑定士の資格を取得、計20年以上の不動産業の経験を積む。

浅井佐知子不動産鑑定事務所 ホームページはこちら!

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